天使の舞い降りた季節
〜いつまでも一緒に…〜
それは全てのモノに宿っているけれど普段は人に見えないモノ
それは…自らの意思で人の前に姿を現すこともある
しかし、人は生涯でその姿を見ることは稀有である
むしろ…それは存在自体知られぬまま…ひっそりと…しかしはっきりとこの世に存在するモノ…
ピノンやルナたちと冒険してから幾年月…。
マルコも少なからず成長しているようだが、やはりやんちゃ坊主の称号は脱することが出来ずにいた。
ポポロクロイスではピノンが12歳の試練を受け、無事にやり遂げた報で日々賑わっていた。
そんなある日の出来事…。
「よし、これでいいぞ、オレもがんばるからお前もがんばれよ。」
フローネルの森の誰にも見られないような所で、マルコがなにやらつぶやいている。
そして、マルコは辺りをきょろきょろ見回しながら誰もいないことを確認すると
「じゃあ、また来るからな。」
と言って走り去った。
そんなことがあってから数日…
いつものようにマルコが森を散歩していると誰かに見られているような気配を感じた。
「…誰だ!?」
腰に下げていた斧を気配のする方へと投げつけた。
「きゃああぁあ!?」
木の幹にガツンと当たり、ほんの一瞬木が揺れたかと思うと、木の上から人が落ちてきた。
マルコが近づいて見ると、そこには女の子が倒れていた。
「!?やっべ…モンスターかと思っちゃったぜ!」
驚いて木から落ちて気を失ってしまった女の子を抱きかかえるとマルコは一目散に家へ急いだ。
「マルコ、水を汲んでくるんだ、早くな。」
「う、ぅん、わかった!」
レオナ−マルコの母−に水を汲んでくるように言われ、マルコは木のバケツを持って家を飛び出し泉の水を汲みに走った。
水は蓄えとして汲んであるが、ちょうど汲みに行かなければならないと思っていた時にこの有様だったので
ついでと言えば、ついでだがレオナは水汲みをやらせたのだった。
バタン!
マルコが慌てて飛び出していった、その直後に女の子は目を覚ました。
「おぉ、目が覚めたか、マルコが驚かせたようですまなかったな。」
レオナが優しく微笑む。
女の子は自分の置かれている状況をいまいち把握出来てないようで
不思議そうな顔をしてレオナを見つめ、そして部屋の中を見回した。
「何かに見られている気配がしてその気配の方向の木に斧を投げつけたそうだ。
そしたらお前が木から落ちてきたらしい、とマルコが言っていた。」
どうしてこういう状況になっているのか、レオナは女の子に説明した。
「どこか痛いところとかないか?見たところ傷はないようだが、痛いところがあれば遠慮なく言ってくれ。
マルコがしでかしたことは親である私が責任を取らねばいかん、出来るだけのことはしよう。」
きょとんとしたまま女の子はレオナを見つめていた、が
にっこり微笑むと静かに
「…だいじょうぶ…びっくりしただけ…。」
と言った。
それを聞いて安心したレオナは
「マルコが水汲みに行っている、帰ってきたらちゃんと謝らせるから
それまでゆっくりしていてくれ、私は外にいるから何かあったら呼んでくれ。」
そう言うと、女の子の頭をなでて外へ出て行った。
(それにしても…どこの子だろうか?タキネンでも見かけたことがないな…。)
「あれ?かぁちゃん…?」
レオナが薪割りしているところへマルコが戻ってきた。
「あぁ、おかえり、あの女の子なら目を覚ましたぞ。」
マルコをうながし、自分も家に入った。
「あ、あの…ごめんな、まさかあんなところに人がいるなんて思わなくて…ほんとにごめん!」
マルコが床に頭をぶつけるんじゃないかというくらい頭を下げる。
「わ、私こそ、あ、あんな所にいて…ごめんなさい…そ、そんなつもりじゃ…なかった、の…。」
マルコに顔をあげるように手を振り、女の子も謝る。
マルコがちょうど顔をあげたら、ばっちり目が合って2人照れ笑いした。
それを見ていたレオナがくすっと笑い
「ケガがなくて何よりだ、私はレオナ、このやんちゃ坊主マルコの母だ。お前の名前は?」
と女の子に聞いた。
「あ、ぁの…わ、たし……す、スミレ…で、す…。」
スミレと名乗ったその女の子は、年の頃はマルコと同じくらいかちょっと下か。
白い透けるような肌に、名の通りスミレ色の髪でサラサラのストレートヘアが腰まで伸びていた。
くりくりと大きな黒い瞳と、ちょっと垂れ目がちだが大きくなったら間違いなく美人になるであろう、
そんな顔立ちをしていた。
線が細い、今にも折れてしまうそうな華奢な体つきをしていた。
「スミレか、可愛い名前だな、マルコ一緒に遊んで来るといい。」
「おぅ、お前あまり見かけない顔だな?森を案内してやるよ、行こうぜ!」
「あ、ありがと…でも、わ、たしあんまり走れない、の…。」
「へぇ?体が弱いのか?」
「う、ぅん…。」
「そんなやつがなんで木の上なんかにいたんだ?」
「そ、それは…ちょっと、探しもの…してて…あそこからなら見えるかな、と思って…。」
「ふぅん?なぁ何探してたんだ?うまいものか?」
「え、あ…えと…。」
そのやり取りを見ていたレオナがスミレに助け船を出してくれた。
「早く遊びに行かないと暗くなっちまうぞ、マルコ。」
「お?よし、取っておきの場所に案内してやるよ。」
レオナの言葉にはっとして、自分が何を聞いていたのかすっかり忘れてしまったマルコ。
そんなマルコを見てくすりと笑い、スミレに小さく手を振った。
「う、うん!」
ちらりとレオナの方を見て、嬉しそうにぺこりとおじぎするとスミレはマルコのあとをついて行った。
「ここはフローネルの森って言うんだ、今からかけあしの泉ってとこに連れてってやる。」
「かけあしの、泉?」
「おぅ、すごくキレイな場所なんだぜ?オレ様の取っておきのお気に入りの場所だ。」
マルコが嬉しそうにそう言うので、スミレもなんだか嬉しい気持ちになっていた。
2人並んでかけあしの泉を目指した。
「きゃう!?」
「どした!?」
隣にいたスミレが不意に視界からいなくなった…
と思ったら転んでいた。
「ご、めんなさい、つまづいちゃった…わ、わたしってドジだから…。」
小さな石ころにひっかかって転んでしまったようだ。
恥ずかしそうに、申し訳なさそうに服のほこりを落とし立ち上がるスミレ。
そんなスミレにマルコが手を差し伸べた。
あさっての方を向き鼻の頭をかきながらぶっきらぼうに
「手…つないでやるよ…ケ、ケガでもしたら、た、た、たたた大変だし、かぁちゃんに怒られるからな。」
そう言った。
スミレも最初は驚いていたが、恥ずかしそうににっこり微笑むとマルコの手を取り再び歩き出した。
「か、勘違いすんなよ!?べ、べ、べべべつにな、ななんでもないからなっ!」
耳まで真っ赤になって何を言っているのか自分でもわからなくなっていた。
「…うん…ありがと…。」
マルコの手をぎっゅと握り締め、こちらも真っ赤になりながらそう言った。
出会ったばかりの2人だけれど、なんだかずっと以前から一緒にいたことがあるような…
そんな不思議な気持ちになっていった。
「ほら、ここを抜けるとかけあしの泉だ。」
「うわぁ…!キレイ…。」
瞳をキラキラさせて感嘆の声を上げるスミレを見てドキリとするマルコ。
「お…おまえのが…き、き…きき…。」
言葉が続かない。
顔から蒸気が出るのでは?というくらい真っ赤になっていた。
「…?マルコ?」
スミレが不思議そうにマルコの顔を覗き込む。
近づいた瞳、キラキラ輝いてまるで宝石のよう。
小さな淡いピンク色の唇が妙に艶っぽく、不意の出来事に鼓動が早くなった。
「な、なななな!なんでもないっ!!そ、そそそ、そんなことより、ほ、ほほほら!こっちだ!」
パッとスミレの側から離れて、両手を前に突き出しぶんぶん振り回す。
「あ、待って…。」
慌てて走り出すマルコの後をスミレが一生懸命に追った。
「…はぁはぁ…ご、ごめんな、さい…わ、たし…はぁはぁ…。」
「あ…ご、ごめん…だ、大丈夫か?」
かろうじてマルコに追いついたが、息が切れてしまいうずくまってしまったスミレの背中を
さすりながらマルコが心配そうに言う。
「…う、ぅん…ご、めんね…。」
荒い息をしながらそれでも自分に心配かけまいと一生懸命微笑んでみせるスミレが
なんだかとてもいとおしく感じた。
「…ごめんな…スミレ…。」
肩を落とし、今にも泣きそうな顔でマルコがもう一度謝る。
「ち、違う!ま、マルコのせいじゃないわ。」
「!?」
か細い声でしゃべっていたスミレの突然の剣幕にマルコが驚いた。
スミレもハッとし、うつむいて泣きそうな声で話し出した。
「…ご、ごめんなさい…でも、マルコのせいじゃないわ…わ、わたしの体が
もう少し…丈夫…だったら…もっと、一緒に走れるのに…。」
マルコはうつむいてしまったスミレを目を細めて見つめていたが、同じ目線までおりてくると
何も言わずにスミレの頭をなでた。
うつむいたまま驚いていたが、マルコの優しい大きな手に安心感を覚えたのかスミレが微笑む。
「ありがと…マルコ…。」
顔をあげたスミレの瞳は涙で濡れていた。
「どっか痛い…のか?」
「…不思議だね、嬉しくても泣けるんだよ…。」
そう言って微笑むスミレがどうしようもなくいとおしくてたまらなかった。
まだ出会ったばかりなのに…
どうしてこんなにいとおしいんだろう…
オレは…オレは…
マルコの手がスミレの頬に触れる。
マルコの顔がだんだんスミレに近づいてくる…。
「マ…ルコ…?」
マルコは何も言わずに静かに微笑んだ。
スミレは両手を胸の前でぎゅっと結び、恥ずかしさで真っ赤になりながらも瞳を閉じた…。
唇と唇がかさな…
らなかった。
「あ!マルコみっけ♪」
「「!?」」
突然の無粋な声に驚き2人パッと飛び跳ねた。
「ぴ、ぴぴぴぴぴぴのん!?」
マルコの声がうわずっている。
2人とも口から心臓が飛び出すんじゃないかってくらい鼓動が早くなっていた。
「うん、遊びに来たんだ、今日はルナも来れないって言うし…えっと、こんにちは、ぼくピノンです。」
「こ、こんにちは…あ、あの…えと…スミレ、です。」
ピノンがくったくのない笑顔で微笑み、スミレに挨拶する。
「スミレさん、キレイな名前だね。」
ピノンがマルコでは言えないようなことをサラッと平気で言う。
「マルコの家に遊びに行ったら、かけあしの泉の方に向ったってレオナおばさんに聞いて来たんだ。」
「なんだよ、ここんとこ忙しいんじゃないのか?なんとかの王冠が…とかってタキネン村でも話題だぞ?」
「うん、それはもう終わったんだけどみんながまだ騒いでいるだけなんだ。
ルナも一緒にと思ったんだけど、今日はお城の人たちと出かけるからダメなんだって。
一人だとたいくつだからマルコのとこに遊びに行こうと思って出てきたんだ。」
(ち…タイミングの悪いやつだ…。)
マルコが悪意はなく、そうつぷやいた。
「ん?なんか言った?」
「い、いいい、いや、なんでもないぞ!よし、じゃあ3人で遊びに行こうぜ!」
ピノンのくったくのない笑顔はマルコに罪悪感をもたらした。
「でも、ここもすごくキレイだよ、お花畑だね、ルナにも見せたかったな。」
「あ…こ、ここはオレがこっそりと…。」
「え?そうなの?こないだ散歩に来た時に見つけたんだけど、ここってマルコが作ったの?」
ピノンの純粋な言葉にマルコはお手上げだ。
「…もうすぐかぁちゃんの誕生日なんだ、オレってばいつも迷惑かけてるし
なんかしてやろうと思ったんだけど、オレって薪割り以外まともに出来ないから考え付かなくてよ。
ふと、かぁちゃんが花を眺めているところを見て、でっけー花畑を作ってやろうと思ったんだ。」
「へぇ…マルコすごいや!」
ピノンが目を輝かせる。
「でもピノンにはばれてたんだな。
もう3ヶ月も前から育ててるんだ、なかなかだろ?これならかぁちゃんも喜んでくれるかな。」
マルコが得意そうに鼻の頭をかきながら言う。
「…それで、スミレさんにも見せたくてここに来たんだね。」
「な!?い、いや、なんで、そ、んなこと!ば、バカやろう!」
いたずらっぽくピノンがからかうと、マルコが耳まで真っ赤になって訂正しようとするが
パニクってしまっていて自ら墓穴を掘ってしまった。
「よかったね、スミレさん♪」
突然自分にふられてどうしていいかわからずに、こちらも真っ赤になってうつむいてしまった。
「うふふ、2人とも照れちゃって可愛いね。」
「ピ〜ノ〜ン〜…。」
マルコが凄みをきかせ、下から覗き込むように睨み付ける。
「あはは、ごめんごめん…て、マルコ…こうしてみるとさ…スミレさんて…。」
笑いながら頭をおさえ、マルコに許しを請うピノンがふとスミレを見てマルコに声をかけた。
「どうした?」
「こうしてみるとさ、スミレさん、花の妖精さんみたいだね。」
「え…あ…。」
ピノンの言葉にマルコが改めてスミレの方を見る。
そこには色とりどりの花に囲まれた美しいスミレの姿があった。
「タキネン渓谷の虹もとってもきれいなんだよ。」
ピノンの一言で虹を見に行くことになった。
マルコがスミレは体が弱いから走ったり、長い間歩いたり出来ないんだ。
と言うと
「じゃあ、マルコが抱いてあげるといいよ。」
とからかうように言い、2人の反応を楽しんでいた。
途中、何度か休憩しながらなんとかタキネン渓谷までたどり着いた。
「大丈夫か?」
マルコが心配そうにスミレにたずねる。
「うん、大丈夫よ。」
スミレはマルコに心配かけまいとにっこりと微笑む、が
体の方はだいぶ悲鳴をあげているようだった。
微笑んではいるが顔は青白く疲労の色が見えていた。
「やっぱり無茶だったか、虹なんていつでも見れるんだから今度にすればよかった…!」
ピノンには聞こえないように悔しそうにつぶやく。
「そんなこと言わないで…私は大丈夫だから…ね?」
マルコは、冷や汗をかきながら、はぁはぁと荒い息をしながらも
ピノンや自分のことを思ってくれるスミレのことがたまらなく好きになっていった。
「どうしたの?」
ピノンが2人に気づいて近づいて来た。
「なんでもないの……ちょっと疲れただけ。」
ピノンに悟られまいと必死に笑顔を作るスミレ。
「あ…ごめんね…大丈夫?」
ピノンが心配そうにスミレの顔を覗き込む。
コツン…。
「!?」
ピノンが自分の額をスミレの額にあてたのだ。
驚いたのはマルコで、握り締めていた手に力が入りじっとりと汗をかいた。
「ごめんね…熱はないみたいだけど、とっても具合が悪そう…ぼくのせいだね…。」
「大丈夫…これくらいなん、ともな…い…。」
「!?スミレ!!」
「スミレさん!?」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、スミレは静かにその場に倒れてしまった。
今から2ヵ月ほど前
「こいつだけずいぶん小さいなぁ?なんでだろう?」
マルコは秘密の花畑で花の世話をしていた。
大好きなかぁちゃんに喜んでもらうために毎日やってきては
水をあげたり、雑草を抜いたりしていた。
みんな順調に育っている花たちの中で、一つだけまだつぼみもつかない小さな花があった。
「お前もがんばれよ、オレも毎日がんばって世話するからな。」
マルコはその花にそう声をかけて特に念入りに世話をしていた。
それから約2週間後、まるでマルコの言葉に答えるかのように小さかった花につぼみがついた。
「お!?がんばったな、まだまだオレさまもがんばるからな、お前もがんばれよ!
絶対キレイな花を咲かせてみせるからな!」
つぼみをつけたのがよほど嬉しかったのか、マルコはその花にそう声をかけ喜んでいた。
そして、さらに一週間が過ぎたが、そのつぼみはなかなか開かなかった。
「おかしいな?そろそろ花が咲いてもいいような気がするんだけどな?」
水のやりすぎかな?肥料が足りないのかな?
それとも花の間隔が狭すぎて栄養が足りないのかな?
ここってオレの知らない間に日陰になってるのかな?
などなど、いろいろ考えたがマルコにはやっぱりよくわからなかった。
「お前は病気なんだ、ムリしてはただ寿命を縮めてしまう。」
「でも…でも、あの人にお礼が言いたいの!もっと一緒にいたいの!」
「…もうムリだ、このままその姿でいれば明日一日もたないだろう。」
「…それでも…それでもあの人と最後まで一緒にいたいの!だから…!」
「自らの寿命を縮めてまで、なぜ…。」
「普通なら見捨てられてしまうような私に…あの人は一生懸命になってくれた…。
本当はもっともっと…キレイになった私を見て欲しかったけど…それは叶わないから…。」
「そこまで言うのなら…しかし戻りたくなったらすぐに呼ぶといい…私はいつでもお前のことを想っている。」
「ありがとうございます!…最後にもう一つだけ…お願いがあります…。」
目に飛び込んで来たのは見慣れない部屋の天井。
自分の置かれている状況を確かめる。
どこかの家のベッドの上…。
ゆっくりと体を起こす。
周りを見回すが見覚えのあるものはない。
窓の外を見る。
外はもう真っ暗になっていた。。。
何があった…?
……………
そうだ…倒れたんだ…タキネン渓谷の虹を見に行って…。
ガチャリ
部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。
「…スミレ…!?よかった…よかったぞ、気がついたんだな…!
かぁちゃん、ピノン、スミレが目を覚ましたぞ!」
半泣き状態のマルコが部屋の外にいるであろう、レオナとピノンに声をかけた。
ほどなくしてレオナとピノンが慌てて部屋に入ってきた。
「大丈夫か?気持ち悪いとか、どこか痛いとかないか?」
「ごめんね!スミレさん…ぼくが余計なこと言ったから…!」
レオナとピノンが同時に話す。
「…あ、あの…ごめんなさい…私…また…。」
うつむき涙を流すスミレをレオナが優しく抱きしめた。
「泣かなくていい、お前のせいじゃない。
今はゆっくり休め、そしてまたマルコたちと一緒に遊びに行こう。」
レオナの胸の中はとても暖かくて、とても優しくて、とても居心地が良かった。
「レオナおばさん…ありがとうございます…。」
その光景を見て、ピノンとマルコも涙ぐんだ。
「と、とにかく今日はここタキネン村の宿屋でゆっくり休め、な?」
鼻をすすりながらマルコがそう言い、スミレの手を取る。
恥ずかしそうにしながらもスミレはにっこり微笑むと、ありがとう、とだけ言ってまたベッドに横になった。
「…スミレさん、ごめんなさい…ぼく、そんなつもりじゃ…。」
ピノンがぽろぽろと涙をこぼしながら謝る。
「あのね…私、小さな頃から体が弱かったの…。」
ベッドに横になったままスミレは自分のことを少しずつ話し始めた。
「みんなが楽しそうに遊んでいるのに、体が弱くてみんなと遊べなくていつも一人ぼっちだったの…
そんな時、ある人が私の前に現れて…『がんばれ』て言ってくれたの…それがすごく嬉しくて…
いつかあの人と一緒に遊べたら…と思って少しずつがんばってたの…。」
「…探しものって…その人の…こと、か?」
マルコが静かに尋ねる。
「…う、ん…。」
スミレが恥ずかしそうにうなずくのを見て、マルコは少なからずショックを受けた。
「でもね…以前はこんなに歩けなかった…これでもだいぶ強くなったんだよ?
そしたら…お友達も出来て…すごく嬉しくて…だから…嫌われたくなくて…
せ、せっかく…行こうって…言ってくれてるのに…い、い、行けないなんて…言えなくて…。
わ、わたし、わたし嫌われたくなくて…!」
涙が溢れて止まらない。
どうしていいかわからない。
何を言っているのか…わからない…。
「もういい…もう何も言わなくていい…だから今日はもう休め…。」
レオナが涙を優しくふき取り、ピノンとマルコに部屋を出て行くように促がした。
「…ゆっくり休め…寝るまでこうしててやるから…。」
レオナはスミレの手をしっかりと握りしめていた。
スミレは涙を一筋流すと、コクリとうなずいて静かに目を閉じた。
バタン…
「かぁちゃん、スミレはどうだ?」
部屋から出てきたレオナに開口一番マルコが尋ねる。
「静かな寝息を立てて眠っているよ。」
「そうか…良かった…。」
「レオナおばさん…。」
ピノンが申し訳なさそうに声をかける。
そんなピノンを見てレオナは微笑み、ピノンの頭をなでてやった。
「大丈夫だ、楽しくてちょっとムリしすぎたんだろう、明日になれば元気にってるさ。
それよりもこんなに遅くなってしまって、ピエトロたちが心配しているんじゃないのか?」
「え?あ、あぁああ!忘れてた!」
そう言うとピノンはペコリとお辞儀をして一目散に宿を飛び出していった。
「ふふふ、帰ったら大目玉だろうな。」
レオナがくすくすと笑う。
「…なぁ、かぁちゃん…。」
「どうした?マルコ、らしくないぞ?」
「お、オレ…なんか変なんだ…。」
意を決したように母親に打ち明けた。
「変?変って言うのは?」
レオナが近くにあったイスに腰掛け、マルコにも座るように促がした。
「…スミレが…倒れた時、本当に驚いたんだ…心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらい驚いて
このまま目を覚まさなかったらどうしよう、てマジで泣きたくなった。
目を覚ましてくれて本当に嬉しかったのに…なのに…。」
マルコの言葉がそこで止まった。
手をぎゅっと握り締め、その手をテーブルに叩き付けた。
「…あいつが探している人のことが気になって仕方ないんだ!
悔しくて悔しくて、なんだかたまらないんだ!
それがどうして自分じゃないんだろうって思ったりするんだ!
こんな気持ちは初めてで、自分がどうなったのかわからないんだ!」
レオナはマルコの言葉に驚きを隠せなかった。
「かぁちゃん…オレ、どうしちゃったのかな…。」
半泣きになりながらそう訴えるマルコ。
「…まだまだ子供だと思っていたが、お前もずいぶん成長したんだな。」
レオナがマルコの頭をなでながら言葉を続ける。
「スミレを大事だと思う気持ち、大切にしろ。」
「え?お、おぅ…。」
レオナはそれだけしか言わなかった。
そして「おやすみ、お前も早く寝ろよ。」と言い部屋を出て行った。
「おはようございます。」
「おはよう、もう立っていいのか?」
「はい、ありがとうございました。」
「まだちょっと顔色が悪いな…だがまぁ、良かった良かった。」
そう言うと昨日のことを思い出しレオナはくすくす笑い出した。
「?え、な、何か…?」
不思議そうに尋ねるスミレにレオナが何か言いかけた。
「スミレ!?もういいのか!?」
が、それはマルコの声にかき消された。
「うん、おはよう、マルコ、昨日は心配かけちゃってごめんなさい…。」
「いや、オレの方こそ悪かったよ…。」
2人ともお互いに謝ってばかりで、気まずい空気が漂ってきた。
「ほらほら!せっかくの朝が台無しだぞ?
マルコ!スミレをちゃんと連れて帰って来いよ。」
「え、あ、あれ?かぁちゃんは一緒に帰らないのか?」
「私は水を汲んでから戻る。」
「なら、オレが!」
「いや、スミレのこともあるし真っ直ぐ帰ったほうがいい。
何かあったらお前が抱きかかえて帰って来い。」
「!…お、おぅ!」
真っ赤になりながらも元気よく返事をすると、スミレの手を取って家まで歩き出した。
「ふふふ…可愛いもんだな…。」
2人の後姿を見送りながらレオナがそうつぶやいた。
サクサクサクサク…
2人の歩く足音だけが聞こえる。
2人とも手をつないで歩き始めたはいいが、恥ずかしくて何をどう話していいかわからなくなっていた。
サクサクサクサク…
な、何してんだよ、オレ!
普通に昨日みたく話すればいいのに、なんでしないんだよ!?
それにしても昨日のかぁちゃんの言葉…スミレを大事だと思う気持ち…って…
よくわかんないぞ…?
「ま、マルコ…!」
スミレの自分を呼ぶ声で我に返り立ち止まる。
「どうした?」
「あ、あのね…もうちょっとだけ…ゆっくり、歩いて欲しい、の…。」
「!?ご、ごめん!オレってばまた!」
慌てて振り向くそこには息を切らしているスミレの姿があった。
「うぅん、これくらい、い、いつもならなんともないんだけど、ちょっとだけ…今日はつらくて…。」
肩で息をし、汗をかきながらも笑みを絶やさないスミレの姿に急に恥ずかしくなる。
スミレを大事に思う気持ちって…こういうことなのかな?
漠然とだけそう思い、また手をつないで今度はゆっくりと歩き始めた。
「ねぇ、マルコ…私、あのお花畑が見たい…。」
「え?い、いいけど…大丈夫なのか?」
「うん、ちょっとだけ…ね?」
スミレがどうしてもと言うので、ムリはしない、具合が悪くなったらすぐ帰る、
を条件に例の花畑へ行くことになった。
「…マルコ…どうして昨日…私をここに連れて来てくれたの?」
花畑につくなりスミレがマルコにそう尋ねた。
「え?…な、なんとなく…かな、なんかは、ははは、花が似合いそうだった、から!」
マルコが顔から蒸気を発するかのごとく真っ赤になりながらそう答えた。
それを聞いたスミレも真っ赤になったが、恥ずかしそうにしながらも
「ありがと…。」
とだけ答えた。
ちょうど側にあった丸太に座りマルコとスミレ、何をするでもなくただ2人並んで座っていた。
しかし、その手は握られ何かを確かめ合っているようにも感じられた。
しばらくの静寂
それを最初に破ったのはスミレだった。
「マルコ…いつも『がんばれ』て言ってくれたの…それがすごく嬉しくて…
いつかマルコにお礼が言いたくて…それで…ムリにお願いしてマルコに会いに来たの…。」
「え?な、なんのことだ?」
スミレが何を言っているのかマルコにはわからなかった。
マルコがスミレに会ったのは昨日が初めてなのだから…。
「うん…最後まで聞いて…ね?」
スミレが恥ずかしそうに、でもどこか悲しそうにマルコの言葉を制す。
話を続けるうちに、だんだんとスミレの容態が悪くなってきているのがわかった。
本当は話なんてどうでもよくて、さっさと家に戻って休んで欲しかった。
医者に診てもらいたかった。
何よりも、スミレが心配でどうしようもなかった。
「おう…。」
しかし、スミレの言葉をさえぎることはマルコには出来なかった。
ただ…黙って聞くことしか出来なかった。
「…私…体が弱いのは…病気のせい、なの…
どんどん私の体力を奪っていくの…本当はもっともっとキレイになりたかったのに…
キレイになった私をマルコに見て欲しかった…でも…でもね…
私はそんなに長く生きていられないの…だから…生きているうちにマルコに会いたかった…。」
「今でもき、ききき、キレイだぞ!お、おおお、オレさま…す、すす、スミレが…
スミレのことが…す、すす、す、好き…だぞ!」
マルコの気持ち。
マルコの心からの叫び。
スミレは驚いていたけれど、にっこり微笑む。
「ありがとう…わ、わたしもマルコのこと…だいすき…いつも…『がんばれ、オレもがんばるから』
て…言ってくれ…て…で、でも、も、う…本当は…こう、しているの…も、つらく…て…。」
座っているのも辛そうで、冷や汗をかきながらも一生懸命話し続けた。
「もうしゃべるな!早く帰ろう!」
限界だった。
これ以上黙って聞いていてはいけない!と心が警鐘を鳴らしてマルコに知らせていた。
マルコがスミレを抱き上げ、家に向かって走り出そうとした。
「ダメ…!…お願い…ここ、にいて…最後まで…一緒に…ここ、に、い…て…。」
「なんでだよ!?家に帰ってかぁちゃんに看病してもらおう!お医者さんも呼んで早くよくなって
また一緒に遊ぶんだろ!?」
泣き叫ぶマルコに、精一杯微笑んでスミレは静かに首を振った。
「…もう…この…体が…もた、な、い…の…ずっと…一緒に、遊んで…いたかった…。
ありがとう…マルコのおかげで…わ、たし…寂しくなかった、よ…。
いつか…また…お花畑で…あ、えたら……。」
「す、スミレ…?ふ、ふざけんなって…も、もうムリなことしないから…
し、しっかりしろって!なぁ!またピノンと遊ぼうぜ!今度はルナにも紹介するから!」
「ま、マル…コ…はじめ、て…あっ…た…ときか、ら…だ、いす…き…だ…よ…。」
震える手がマルコの頬に触れる。
それは冷たくて…風に吹かれただけで折れてしまいそうなほど細かった…。
スミレの口が小さく動いている、が…
その小さな唇から音を聞き取ることは出来なかった…。
涙で濡れた瞳で、最高の笑顔で微笑み…その瞳は閉じられマルコの姿を映さなくなった…。
「す、みれ…?スミレ!しっかりしろ!おい、目を開けてくれよっ!!」
スミレはマルコの言葉に反応することはなかった…。
「スミレーーーーーっっ!!」
「え…?」
目の前の花畑がまばゆい光に包まれた。
まぶしさのあまり目を閉じ、開いたその時、見知らぬ何かが目の前に立っていた。
いや、正確には立っているのか飛んでいるのかわからない。
それは大きな光の球だった。
≪スミレはお主にどうしても会いたいと言った…私は反対した…ただでさえ短い命を更に縮めることになるとな…≫
「ひ、光の球が…しゃべってる!?」
≪しかし…お主に会えぬまま逝ってしまっていたら、きっとこんなに安らには逝けなかったであろう…≫
抱きかかえていたスミレの体が宙に浮いた。
「ぇ!?えぇ!!??」
光が一際大きく光ると、それは人の姿になった。
そしてその人はスミレを抱きかかえると、マルコに向かって一礼した。
≪ありがとう、人の子よ…。≫
「ちょ、ちょっと待てよ!どういうことだよ!!説明しろよ!?」
わけがわからずマルコはただそう叫ぶことしか出来なかった。
≪スミレは花の精なのだ…そして私は全ての花の精を統べる者…。≫
「花…の精?…スミレ、が?」
≪…そして、スミレの最後の望みでお主たちの記憶を消させてもらう。≫
「え?ちょっと待てよ!?」
マルコが言うや否や、その人は大きく光輝いた。
≪そのまま花としてまっとうしていればもう何日か生きていられただろうに…。≫
≪それでもスミレはお主に一言、礼がしたいと言った…最初は恨んだものだが…。≫
≪今なら心から言えるだろう…スミレに最高の想い出をありがとう…人の子よ…またいつか…。≫
「かぁちゃんに見せたいモノがあるんだ!」
「なんだ?ここじゃダメなのか?」
「うん、こっちだ、ついてきてくれよ!」
マルコはレオナを花畑に案内した。
「おぉ…これをマルコが?」
「おぅ!かぁちゃんに喜んでもらいたくてがんばって世話したんだぜ!」
得意そうに言うマルコ。
そんなマルコを見て微笑むレオナ。
「…すごいな…満開じゃないか…ん?」
「どうした、かぁちゃん。」
「…枯れてしまっている…あぁ、病気になってしまったんだな…
かわいそうに、まだ小さなつぼみだったのに…。」
レオナがそう言って指差した先には、枯れてしまった小さなスミレの花があった。
「!?な、んで泣いてるんだ!?」
レオナがふと見るとマルコが涙を流しているのに驚いた。
「え…?あ…なんでだろう…でもなんだかすげー悲しい気がしたんだ…。」
「そうか…優しいな、マルコは…。」
レオナがマルコの頭を優しくなでる。
「あ!かぁちゃん、これ!」
マルコが指差した先に、小さいが確かに芽を出しているスミレの花があった。
「…なぁ、かぁちゃん、これうちに持って帰っていいか?」
「ん?この小さい芽をか?」
「うん、これうちの前に植え替えてやりたいんだ。」
「お前がそんなこと言うなんてな…いいぞ、ただしちゃんと世話するんだぞ?」
「おぅ!まかせとけ!」
急いで家からスコップとバケツを持ってきて、傷つけないようにゆっくりと丁寧に
その花を掘り起こし、静かにバケツに移し持ち帰った。
≪ありがとう…人の子よ…。≫
5月の暖かい風がマルコとレオナを優しく包み込んだ。
「気持ちいい風だ…天使のそよ風だな。」
「なんだそれ?」
「気持ちのいい5月の風のことを、天使のそよ風と言うことがあるんだ。
そう…まるで、天使の羽で包み込まれるような心地よさとすがすがしさ…
花びらが散って、まるで天使が舞い降りてきたかのように見えることをそう言うんだ。」
「へぇ…天使…かぁ…。」
【いつかまたお花畑で会いましょう。】
「うん、そうだな、また…。」
「ん?何か言ったか?マルコ。」
「え?いいや、なんでもない。」
聞こえないはずの声がどこからか聞こえて来たような気がした。
どうしてそんな言葉が口から出たのかマルコ本人もわからない。
なにとはなしに口から出た言葉。
しかし、それは2人だけの秘密。
2人とは誰のこと?
それもわからない…忘れているだけなのかもしれない…。
でも、誰かと何か約束したようなそんな記憶がかすかにある。
いつか…またどこかで出会えるだろう…。
それが誰のことなのか…マルコ自身もわからないが…。
それは全てのモノに宿っているけれど普段は人に見えないモノ
それは…自らの意思で人の前に姿を現すこともある
しかし、人は生涯でその姿を見ることは稀有である
むしろ…それは存在自体知られぬまま…ひっそりと…しかしはっきりとこの世に存在するモノ…
【いつか…いつか再びあなたに会える日を夢見て…。】
★☆★あとがきという名の戯言★☆★
泣けるお話、感動的なお話、心温まるお話を書きたかったのです…がっ!
こつぶにはやっぱりまだ難しいようです…。
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